集合的無意識

すべての人間の心の奥底にあると思われる無意識の領域。
無始以来の人間のあらゆる行動や思考の、その印象が保存されていると云われる。

この展覧会をお受けしたのは、会期の約2年前。その間に、その時には予想もしない出来事が起こった。母の死である。親というのは、誰にとってもかけがえのない存在であろうが、私にとっては「私の場合は格別」と言いたい程であった。
「なぜこんな事にならなければならないのか。」「母ほど清く生きた人なんてそうそういない、その人が・・・どうして病気になってしまったのか」「神も仏もあるものか」自分の悲しみと行き所のない怒り、、、、何度自問自答しても納得できる答えなどなかった。

看病しながら、いつ息が止まるとも知れない母の呼吸に私は全神経を注いでいた。昼も夜もなかった。自分と他との境もなく、ただただ悲しみと怒りに占領された塊のようになっていた。そしてある深夜、母の寝息を聞きながら、気付いた。
その塊の根元は、何より私の心を占めていた私自身の感情だということだった。私の中では、私だけが悲しんでいる。怒っている。不安におののいている。「ああでもなかった、こうでもなかった、こうすればよかった、できなかった・・・」と過去のある断面を切り取っては思いが渦まいていた。つまり、私は私に占領され自分のことしかなかったのである。

当の本人である母は、告知を受けても泣きも叫びもせず、怒りもせず、一貫して静かだった。私は、そんな母から「自分の周りに起こったことは全てありのままを受け入れる」ことを学んだ。「お天道様は、見てござる。おまかせしなさい。」と言われているようだった。

「信じる」こと、また「志を立てる」ということは、先になんの確約もないところで、自分と約束することのように思う。看病中何度も読んだ盛永宗興老師の御本の中に『もし一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一粒のまま残る。しかし、死ねば豊かに実を結ぶ。: ヨハネによる福音書・12章24節』という一節があった。「覚悟しろ、そして学べ」といわれているようで、今でもしばしば思い出される。

展覧会期は、亡くなった母の一周忌とほぼ重なった。私は一周忌を前にこの作品で新たにスタートすることを母に誓った。そのため作品は「初めの一」の姿になった。これは、何もできなかった私のせめてもの償い。あまねく暖かい光を受けて、母の末期の感情が私とともに全て浄化されて欲しいと願う。

2004年   4 月


 
Copyright (C) 2002-2010 Tomoko ISHIDA. All Rights Reserved.