白い時間
玄侑宗久

同じお寺に住み、制作する場面を見る機会のある私は殊更だが、初めて見る人でも、おそらくこの作品には膨大な時間を感じることだろう。細切れの、小さな時間の集積が、光のなかに佇んでいるのである。
初めは色のあった彼女の紙縒たちが、いつしか白くなった。その間に彼女は父を送り、母と永訣した。その体験と作品の白い色とは、たぶん無関係ではない。
お寺に寄せられたお供え物の包装紙をそのまま使っていたときは、違った紙の色がそれぞれの包装紙の個別な歴史を感じさせた。色と歴史は直接関係ないのだが、それでも各々が違った気持ちを包み、違った時間を運んできたと感じさせたのである。
しかし白くなってしまうと、そこには夥しい時間はあるのだが歴史はなくなった気がする。替わりに歴史を超えた時間、つまり「永遠」が感じられるのだ。
白は仏教的には菩提心を表し、また東洋的なほかの宗教でも聖なる色だ。それは時間も空間も超えた何者かが宿ろうとする場所でもあるだろう。
しかし何者かが宿ろうとするのを常に拒絶し、反射してしまうから白は白であり続ける。
反射されたものはいったい何で、どこへ向かうのだろう。
それはきっと、見る人と、その状況によってめまぐるしく変化するに違いない。
しかしすべての光が合わさった白い光の中には、永遠にすべてがあることは確かだ。
なにも急ぐことはない。
だからこそ仏教ではそれを、遙かなる目標を永遠に求め続ける菩提心の象徴と考えたのだから……。

2004年 8月

 

Being in Unlimited Relations

Sometimes, we might encounter the situation in which we cannot do enything well. And sometimes we feel ourselves helpless, in the enviroment we cannot move of our own will. Of course when we lost the lover, we'll also fall into the same feeling. In such cases, we might feel lonely and hopeless, with lack of sympathy by the other nor of meaning of what we are here.
Maybe, during our whole life, we might experience such cases not only once.
When I was in such depths of despair, I felt Buddha's words dropping down to my mind. That is, "Tenjou tenge yuiga dokuson", which means holy am I independently throughout heaven and earth.
I felt everybody ,everytime and everywhere, has one's total possibility equaly. And I felt suddenly, thereis no limit of time and space in myself. We indivisual selves exist on just now in unlimited relations of everything.
This work is a kind of expression of my such glad enlightenment.
Please feel it as if you are standing in the center of the lower paper pieces.

August 2004 novel writer Genyu Sokyu

 

 

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